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#イエスと親鸞 [学問]

 「私が来たのは,正しい人を招くためではなく,罪人を招くためである」(マタイ福音書 9章13節)
 この言葉にイエスの基本姿勢が表れている.人を差別しない,困っている人を助ける,ということである.イエスは,世間の除け者や嫌われ者に優しい眼差しを注いだ.
 親鸞もそういう人だった.「善人なをもて往生をとぐ,いわんや悪人をや」という言葉がその心の広さを表している.「悪人」とは仏教語であり,仏教を信じない人という意味である.仏教がよくわからない人でも,ただ「南無(namas)阿弥陀仏」と唱えさえすれば,極楽浄土の心境を得ることができる,というありがたい教えである.
 自分の話で恐縮だが,小学1年の時,担任の教師からいじめられた.彼女は教師になりたてだった.当時,母が入院しており,身の回りが整っていなかった.潔癖な先生から見れば,私は汚い生徒だった.両親の教育方針により,小学校に入るまで遊びほうけ,文字を書くことも絵を描くことも満足にできなかった.通信簿の図工は1だった.私たちは先生から「炭鉱のカラス」と呼ばれ,さげすまれた.これを聞き及んだ生徒のお母さんたちは腹を立て,抗議した.そういうこともあって,その先生は1年で担任を下ろされた.
 2年生の時,Y先生が臨時の担任となった.図画にコンプレックスをもつ私に先生は,優しい眼差しを注いでくれた.「三上くんらしい絵だ」といってくれた.放課後に私を残し,個人的に絵の指導をしてくれた.そのうち,デパートの展覧会に出品しようということになった.テーマは「ぼくの父」.共同浴場で入浴中の父を,先生の指導の下でせっせとかいた.結果は,金賞だった.Y先生は1年間の契約が切れ,よその学校に移られたが,私にとっては,イエスさまのような人である.
 「私が来たのは,正しい人を招くためではなく,罪人を招くためである」 この精神に少しでもあずかりたい.
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