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#わたしは社交的な人間ではない(S. モーム) [学問]

#わたしは社交的な人間ではない(S. モーム)

 モーム(1874-1965)は,自分の性格を以下のように述べている.

 わたしは社交的な人間ではない.酔っ払えないし,人間に強い愛情も感じることができない.陽気な楽しみには,つねにいささか退屈させられる.人が酒場で,あるいはボートに乗って河を下ったりしながら,歌い出すとき,わたしは黙っている.わたしは讃美歌すら歌ったことがない」(『サミング・アップ』).

 モームの非社交的な性格は,その生い立ちと密接な関係があると思われる.イギリス人の両親から生まれたが,父親がパリのイギリス大使館顧問弁護士であったため,パリに生まれ育った.しかし8歳の時,大好きな母親を肺結核で亡くなくし,10歳の時,父親を癌で亡くした.イギリスのケント州で牧師をしていた叔父に引き取られたが,叔父の宗教的厳格さに10歳のモームはなじむことができなかった.13歳でカンテベリーにある名門のキングス・スクールという寄宿学校に入れられるが,フランス語で育ったため英語がうまくしゃべれず,加えて吃音だったため激しいいじめに会い,生涯のトラウマとなった.
 だれからも愛されていないという孤独感が,モームを読書三昧の生活に向かわせたが,それによって内省力と人間観察の知識が深まっていった.叔父はモームをケンブリッジ大学にやり牧師にさせたかったが,「私は吃音なのだから,これほど不適当な職業はありません」と断ると,あっさり受け入れられた.それなら何になったらよいかが,いろいろと詮索されたあげく,医者になることが決められた.
 モームは医者という職業に興味は持てなかったが,お陰で叔父のもとを離れてロンドンで一人暮らしをする機会が得られた.医学の勉強そっちのけで,たくさんの本を読むことや戯曲や小説を書くことに大部分の時間を費やすことができた.こうしてモームの内省力と人間観察の知識がいよいよ深まっていった.
 彼にとってよかったことは,医学実習のために貧民地区に入っていく機会を得たことである.彼は「ここで私は自分に最も不足していたもの,つまり生の人生との接触ができた」と述べている.彼は自分の目で見たことを刻銘にノートに書きつけた.こうした病苦の現実に対する生の経験をもとに,彼は人間通の作家として成長していき,『月と六ペンス』や『人間の絆』といった名作が生まれたのである.非社交的であることは,必ずしも悪いことではない.
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